自然体のまま、ワインの造り手へ。「ワイワイ時間」を「分かち合う」。
Grain Mûr(グラン・ミュール)
代表 川口 聖
長野県小諸市乙656-25
小諸ワイングロワーズ俱楽部
品種 カベルネ・ソービニヨン、メルロー、カベルネ・フラン、シャルドネ、ピノグリ、甲州、シャスラなど
2016年 千曲川ワインアカデミー入校
2017年 ワイン用ぶどう苗の定植を開始
2020年 ファーストヴィンテージ メルロー「晃葉2019」リリース
金融関係の仕事から、ワインの道へ進んだ川口さん-。
前職で駐在員としてヨーロッパに赴任していたころは、社交の場では必ずと言っていいほどワインが出てきたそうです。退職後、ワインを造る側として勉強を始めます。そして、その時に吹いていた風が後押しするように「小諸の地」にたどり着きます。ワインをたしなむ側、造る側、両方の視点をもつ川口さんのインタビューをお届けします。
クラフトビールと、魅力的な時間
-金融関係のお仕事から、ワイン造りへ転身されたということですが、経緯や決断を教えてください。
他のグロワーさんと比較して、私は徐々に、ワインの道へ進んできたと思います。
50代の後半、友達から「以前の会社の先輩が農業を始めるので一緒にやってみないか」と誘いがありました。その先輩は、ビールの主原料である大麦の他、小麦も栽培して、クラフトビールを造るという夢がありました。私は、金融関係に勤務しながら、週末には群馬県、埼玉県に出掛け、農業を手伝う生活を2年間続けました。
その中で、農業を通してモノを作るという素晴らしさを体感し、手数料商売をしていた私にとって、大変魅力的な時間となりました。そして、手伝いをしているうちに「同じように参加型農業を実践したい」、そして「馴染みが深いワインに挑戦したい」と思うようになりました。
社交の場は、必ずと言っていいほど
-お仕事でもお酒の知識が必要で、勉強されたとお聞きしました。また、造り手側として、栽培方法等はどのように勉強されましたか。
もともとお酒は好きな方でした。
ワインが身近になったのは、金融関係に勤務し、駐在員として4年半、ロンドンに暮らしていたときです。イギリスではワインが盛んに飲まれていて、社交の場は必ずと言っていいほど出てきます。会合にワインの知識が必要ということで、とにかくボルドーワインを飲んで、舌に覚えさせました。
そうしているうちに、他のフランス産地のもの、イタリア産、スペイン産の違いも分かるようになってきました。当時のヨーロッパは、アメリカ的な競争社会ではなく、お昼からお酒を飲むこともありました。現在は少し変わってしまったので、当時の文化を懐かしく思います。
栽培方法の勉強は、ニュージーランドの大学入学を検討したり、国内で学べる学校を探していました。その時に、玉村豊男さんの「千曲川ワインアカデミー」を知り、入学することを決めました。そして、本格的に造り手としての時間が動き出します。
必要なものを、必要なときに、必要なところで
-ご自身が社交の場でワインを飲まれる立場から、造る側になったことに対して、感覚的なものはいかがでしょうか。それと、千曲川ワインアカデミーでの時間はいかがでしたか。
私は北海道生まれ北海道育ちですので、自然には慣れていて、土に触れることには抵抗がありませんでした。それに、前述のとおり、農業の手伝いもしていましたので、違和感なく進むことができました。「必要なものを、必要なときに、必要なところでやる」。そのためにひとつひとつ突き詰めていった。そんな感覚です。
千曲川ワインアカデミー受講生の皆さんは、バイタリティーあふれる方ばかりで、行動力があります。感化されて、自身のモチベーションも上がっていました。今でも同期生、小諸ワイングロワーズ俱楽部の皆さんと横のつながりがあり、仲間がいるという安心感があります。
つながりの中で積極的に情報交換をしますが、ライバルという感じではありません。畑が違えば、同じ地域でも違ったワインができます。人、風、温度、土によって畑に及ぼす作用が違いますので、お互いが参考にしています。
自然豊かで、ポテンシャルが高いところだった
-「小諸の地」で就農したきっかけを教えてください。
結果的に小諸市で就農してよかったと思っています。
千曲川ワインアカデミーで、小諸市を含む長野県の東信地区がワイン用ぶどう栽培に適していることを学びましたので、経験者の方から助言をいただいたり、マーケティング的にも一大消費地である軽井沢町に近いところがよいと思いながら、この地域で畑を探し始めました。
そして、一番の後押しとなったのは、小諸市役所の職員が親切だったことでした。空いている農地をいくつも探してくれ、必然的に小諸市で就農することが決まっていきました。
小諸市の位置は抜群だと思っています。最初は、東京からどの程度の距離なのか分かりませんでしたが、物理的にも時間的にも精神的にも住みやすい土地だと分かり、駅まで徒歩で行ける自宅を購入しました。それから、あとで分かったことですが、ワインのみならず、野菜や果樹もおいしく、自然豊かで、農業関係のポテンシャルが高いところでした。「まち」にも活気があり、今も発展しています。
komoro agri shift プロジェクト
-実際にワイン用ぶどう栽培を始められて、苦労したことなどを教えてください。
ワインができるまでは、心配なことも多くありました。ひとつとして、借りたばかりの畑の地力が分からない状況ですので、よいワイン用ぶどうが栽培できるか不安な部分がありました。この不安を解消してくれたのが、小諸市農林課で進める「komoro agri shift プロジェクト」の“土壌の生物性検査”でした。
小諸市では、土壌微生物の多様性・活性値を見える化し、生態系が農産物に与える恩恵を最大化する農業に取り組んでいます。借りた畑は、この数値が良かったのです。
栽培に関しては、試行錯誤の連続です。実際にワイン用ぶどうの栽培を始めると、柱の調達先やどのくらいの間隔で木を植えるかなど、分からないことばかりでしたので、先輩方からよく教えてもらいました。それから、マンズワインのOBで、小諸市から6次産業化推進員を委嘱されている桜井正二さんにも随時相談させていただいたり、長野県が主催する研修会にも参加しました。
私はまだ素人の域を脱していないと思っています。教わったことを実践し、自分の畑ではどうなのか、それを見極めようとしています。データを蓄積し、木や畑の状態を見ています。
ピースだと思っているかもしれません
-幸せを感じるところや、これからチャレンジしたいことを教えてください。川口さんにとってワイン造りとはどのようなものでしょうか。
幸せを感じる瞬間は、少し慣れてきましたけど「パノラマ」で見るこの雄大な自然です。ほ場は日当たりがよく、夏は暑さで作業が止まってしまいそうになります。そんな時は、この雄大な自然を感じてリセットして、心機一転頑張ります。日焼けなんて、なんのそのです。
これからのチャレンジとしては、令和4年に300本強の苗木を定植します。これで作業的、年齢的、体力的にピークになります。余力はありませんので、ワイナリーまでは建設せず、後継者を見つけるまでは、今ある品種を大切に、質の高いワインを造っていきたいと思っています。
具体的なワインのコンセプトは、北海道生まれ北海道育ちを活かした魚介類に合わせるワイン、イギリスなど海外赴任の経験を活かしたお肉に合わせるワイン、和食に合うワインなど、「自分で飲みたい、造りたいワイン」を目指していきたいと思っています。
そして、家族や友達が集まって、自然が豊かなところで「ワイワイ」したいと思っていて、そこに私のワインがあれば嬉しいです。そういう楽しい時間を「分かち合う」ことを思い描いています。漠然としていますが、ゲストを呼べるように、小諸市で購入した家の改造もしてみたいとも思っています。
私にとってワイン造りとは、「こうありたい」と思ったビジョンをつなぐものだと思います。ワインを造っているからこそ、家族や友達が来てくれます。無意識に日々の作業をしていますが、「人と人をつないてくれる」、「自然の中に自分を見つけらる場所を照らしてくれる」、そのピースだと思っているかもしれません。
編集後記
社名のグラン・ミュールは「熟した種粒」という意味です。美味しいワインを造るには、登熟したぶどうの実が必要です。そのために、川口さんは日々データを収集し、研究し、ぶどうと向き合っています。また、市内では珍しく、主にスイスやドイツで親しまれているシャスラの栽培も目指しています。いい意味で尖った存在感があり、いつも飾らず自然体で話をしてくれる川口さん。ますますの活躍を期待しています。
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【編集】
柴崎尚実 I 農林課
小諸市内のワイン用ぶどう振興だけではなく、千曲川ワインバレー(東地区)の事務も担う。お酒も好きなので、消費者の立場から市内の3つのワイナリーと3人の生産者情報を記事にします。